思いつくままに

思いつくままに書きつらねていたり、自作のss(小説)を上げていたりします。

*彼の苦手なもの

 目の前にいるヤギと対峙して彼は固まっていた。

「おなか、空いているみたいね。買ったエサ、あげるとどんどん食べてくれるわ。可愛い」

 私は一センチくらいしかない筒型の固形のエサを複数手の平に乗せ、ヤギの口元に近づけていた。ヤギはガツガツとあっという間にそれらを平らげる。

 周囲には何頭もヤギがいた。ここは子ども動物園。動物園内にある一角で、その区画内で放牧されているヤギにエサを与えたり、モルモットと触れ合うことができる場所だ。

 動物園自体、子ども向けの施設だと思う。しかし、私の地元にはなく、なかなか行く機会がなかったのだ。けれども今住んでいる市内にあって、私は様々な動物が見れるこの場所に行ってみたくて仕方なかった。そして彼と来たのだった。

 今いる所はさらに子ども向けの場所であるわけだが、ヤギにエサを与えたりモルモットと触れ合いたくて、やって来たのだった。

「あなたもほら、エサを与えてあげたら?」

「……やっぱり僕はいいよ。君があげるといい」

 彼はそう言うと私の手にエサを握らせる。

「そう。じゃあ私があげるね」

 私は彼の分のエサも寄ってきたヤギに与えた。ヤギはそれをあっという間に平らげさらに私へと寄ってくる。

「ごめんね。もう全部あげてしまったの」

 私はヤギの身体を撫でる。

「ねえ、あなたも撫でてみない? 可愛いわよ」

 彼にそう言ってみる。

「まあ、そうだね」

 彼はおずおずとでもいった調子でヤギの方へ近づき、少しだけその身体に触れた。しかしヤギが身じろぎするとすぐにその手を離す。

「もしかして、怖い?」

「……噛まれたらって思うとちょっとね」

「気をつければ大丈夫よ」

「まあ、そうなんだろうけど、がっつかれたらどうしようもないからさ。小学生の時、修学旅行で奈良公園の鹿に迫られて鹿せんべいと一緒に噛まれて以来、どうにも気が進まないんだ」

 珍しく怖々といった調子でヤギの様子を窺ったままそう話す彼。

 怖いとか苦手だとか口にしないけれど、きっとトラウマになっているのだろう。いつものように淡々としていながらもどこかその表情はこわばっていた。

「あなたにも苦手なものはあるのね」

「……」

「別に悪いことだとは思っていないわよ。ただ、なんだか安心したわ」

 黙りこくる彼に私は笑いかける。

「安心?」

「私から見てあなたはちょっと完璧過ぎたから、人並みに苦手なものがよかったなって」

「苦手なものはあるよりはない方が良いと思うけど」

「それはそうだけど。でも、誰しも苦手なものはあるものでしょう。人間だもの。だからあなたの苦手なものも知れてよかったなって。それに私ばかり苦手なものがあるのもあれだし……」

「虫を見たら叫び声を上げるところも方向音痴なところも理数系があんまりなところも朝が弱いところも君の個性だし、別にそれに対してどうこう言ったりはしないよ」

「うっ、そんな面と向かって挙げてくれなくてもいいのに……。それはわかってるけど、私なりに思うところがあるのよ」

 彼は自身に対しては厳しく、完璧主義者の癖に、他人にはとても寛容なのだ。無愛想で言葉尻がキツい時もあって冷たくみられがちだけれど、目に見えた愛想の良さだとかそういった振る舞いもできないタイプだけれども、とても優しい人なのだ。

 けれどもなんでも人並み以上にこなせる彼がちょっと完璧過ぎて。それに対して劣等感を覚えないわけでもなくて。だから彼にも人並みに苦手なものがあってホッとしたのだ。

「それはともかくとして、次はモルモットを触りに行きましょう!」

 私は気持ちを切り替えると、モルモットのいる建物の方へ彼の腕を引っ張った。

 

 

 

 

 

END.